砕氷艦しらせ5002 | 乙参嗜好-オッサンシコウ

砕氷艦しらせ5002

2018年10月 「チャレンジングSHIRASE2018第5回」というイベントに参加してきた。

SIRASEは元々、1982年11月12日に就役した、自衛隊が保有する、しらせ型砕氷艦「しらせ」である。
南極と言う特殊な環境と、南極基地観測隊が国家プロジェクトであることから、運用は自衛隊が行っている為、「船」ではなく「艦」になるが、武器の搭載は無い。
2008年までの25年間、25次~49次南極地域観測隊を南極へ送った。

引退した現在は、ウェザーニュースが管理し、環境情報発信基地「SIRASE」として、船橋港に係留されている。

後方より、艦尾ヘリポート

 

 

 

 

 

艦中央、ヘリコプター格納庫付近

白く丸いドームは、衛星通信用アンテナ。その下が、ヘリコプター発着管制室。
左右にあるのが、物資を積み降ろしするデッキクレーンである。

 

 

 

 

 

艦首手前より東京方面を望む

氷の厚さが、1.5メートルを超すと、船を300メートル程、後退させた上で、氷に体当たりして艦首を氷の上に乗り上げ、船の重さで氷を割る。
これをチャージングといい、SHIRASEは現役時代、南極圏で36,650回のチャージングを行った。
氷を割りやすくする為、また氷にぶつけても壊れないよう、ずんぐりとした船体をしている。

 

 

 

 

 

前方より、ブリッジを望む

 

 

 

 

 

SIRASE全景

基準排水量:11,600トン、満載排水量:19,900トン、全長:134.0メートル、最大幅:28.0メートル、喫水:9.2メートル
後部には、ヘリポートがあり、物資運搬用のヘリコプターが3機搭載されていた。

 

 

 

 

前部貨物庫とデッキクレーン

しらせは、南極地域観測隊の人員と物資を運んでいた。船を動かす自衛隊員60名の他、研究者等の専門家として乗員170名を運ぶ設備があり、
貨物は、食料50トン、燃料350トン、その他貨物600トンを積載する事ができた。

 

 

 

 

 

スロットルレバー

しらせは、スクリューが3つあるため、スロットルレバーも3つある。機関は、ディーゼルエンジンで発電し、電気でプロペラを回す、ディーゼル・エレクトリック方式を採用している。砕氷艦の場合、氷を割るために、頻繁に前身と後身を繰り返すため、電気式はとても効率的である。

機関:ディーゼル・エレクトリック方式、主機:ディーゼルエンジン×6基、主電動機×6基
出力:30,000馬力、推進機:スクリュープロペラ×3軸、速力:19ノット、航続距離:25,000海里(15ノット)

 

 

 

 

 

ブリッジの窓枠

内装に木を使っているところが、時代を感じさせる。

 

 

 

 

 

紐で固定された操舵輪

 

 

 

 

 

ラッパ

ブリッジにラッパがあるところが、自衛艦だった事を彷彿とさせる。

 

 

 

艦内電話

 

 

 

 

 

見張り台(上部操舵室)

レーダーを搭載していても、氷海の航行は目視が鉄則である。
しらせは、ブリッジのほか、ここからも操舵が可能だった。

 

 

 

 

 

探照灯

氷海での夜間航行時、氷を照らすのに使われる。

 

 

 

 

観測隊が持ち帰った2万年前の氷

 

 

 

 

 

艦内で見かける脱出孔

おそらく、下部の機関室に浸水や火災があったとき、退避できるようにしているのだろう。
一般的な船では目につくところには無いのだろうが、廊下や室内に突如脱出孔があるところは、自衛艦ならではなのだろうか?

 

 

 

 

4階分を駆け上がる、狭く急な階段

 

 

 

 

 

調理室

 

 

 

 

 

食堂

 

 

 

 

 

食堂の床にも突如脱出孔がある

「第一発電機室脱出口」と書かれていた

 

 

 

 

 

食堂の窓

 

 

 

 

 

観測隊の部屋

木造の二段ベッドが3つ並び、6人部屋となっている。什器が木製である。

 

 

 

 

 

床屋「タイガーカットハウスしらせ本店」

専任の従業員はいないので、空いてる乗員の誰かが散髪してくれる。素人なので、大抵虎刈りにしかならないそうだ。

 

 

 

 

 

ヘリコプターデッキ下の通路より

 

 

 

 

 

日本の南極観測は、1920年に陸軍軍人、白瀬矗(しらせ のぶ)中尉が南極を探検したことに始まる。最初に南極へ向かった船は、木造帆船「開南丸」だった。

太平洋戦争終結後の1956年、国際科学研究プロジェクト「国際地球観測年」の一環として、日本の南極観測は再開される。この第1次南極地域観測隊を南極へ運んだのは、海上保安庁が所有する南極観測船「宗谷」だった。
南極に取り残され、1年後に救出された樺太犬「タロとジロ」の話は有名。

宗谷は1962年まで南極観測船として使用されたあと、1978年まで巡視船として使用された。
その後、お台場に係留され一般公開される。

1965年からは、南極観測船は海上自衛隊管轄となり、「宗谷」よりも砕氷能力を高めた、砕氷艦「ふじ」が就役する。
命名は富士山に由来。
タロとジロの教訓から、より大型のヘリコプター2機を搭載し、洋上観測設備が充実される。
第7次~第24次南極地域観測隊を南極へ運び、1982年に引退。現在は名古屋港で展示されている。

1983年からは、本艦「しらせ」が南極地域観測隊の任につく。
「しらせ」の名前は、白瀬氷河に由来する。(白瀬氷河の名前は、初めて南極観測を行った白瀬中尉の構成を讃えて命名されている。)
第25次~第49次南極地域観測隊を輸送し引退。船橋港にて係留される。

2008年からは、4代目となる南極観測船、新「しらせ」が就役する。

羽田沖を航行する2代目「しらせ」

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